F1を語れる仲間がいないと感じるときに、思い出してほしいこと

F1とちょうどいい距離

F1の話をしたいと思っても、
身近に語れる人がいないと感じることがあります。

職場でも、友人関係でも、家族の中でも。
「F1を観ている」と言うと、
少し珍しがられたり、話が広がらなかったり。

昔は一緒に観ていた人がいたのに、
いつの間にか、その話題を出さなくなっていた。
そんな経験がある人も、少なくないかもしれません。

F1ファンの数が多いとは言えない日本では、
「仲間がいない」という感覚を抱きやすいのも自然なことです。

でも、
それはF1の楽しみ方が間違っているわけでも、
あなたの向き合い方が足りないわけでもありません。

まずは、その感覚をそのまま整理してみましょう。

F1の話ができる人が、身近にいないと感じる

F1は、毎週のように話題になるスポーツではありません。

サッカーや野球のように、
翌日のニュースや雑談で自然に触れられる機会は少なく、
観ていない人にとっては、少し遠い存在でもあります。

だからこそ、

  • 話題を出しても反応が薄い
  • どこまで話していいかわからない
  • 「詳しい人」じゃないと語れない気がする

そんなふうに感じてしまうことがあります。

その結果、
「自分の中で楽しむもの」になっていくのは、ごく自然な流れです。

F1が好きでも、
それを共有できる場が常に身近にあるとは限らない。
それだけのことなのだと思います。

仲間がいない=楽しめていない、ではない

誰かと語れないと、
「楽しみ方が足りないのでは」と思ってしまうことがあります。

でも、F1の楽しさは、
必ずしも“共有”によって成り立つものではありません。

レース展開を追うこと。
ドライバーの走りに一瞬心が動くこと。
結果を見て、少し考えること。

それらは、
誰かと話さなくても、確かにそこにあります。

仲間がいないからといって、
楽しめていないわけではない。
楽しみが「外に出ていない」だけのことも多いのです。

静かに観るF1も、
十分にF1の楽しみ方です。

つながり方は、あとから選んでもいい

もし、
誰かと共有したくなったら。
少し話したくなったら。

そのときに、つながる場所を探せばいい。

知っている人と一緒に観るのもいいし、
SNSで、顔も名前も知らない誰かと
同じレースの瞬間を共有するのもいい。

それは、
スポーツバーで偶然隣に座った人と、
同じレースを観ている感覚に、少し似ています。

もちろん、
ひとりで静かに観る時間がしっくりくることもあります。

どれを選んでもいいし、
途中で変わってもいい。

仲間がいない状態は、
「欠けている」のではなく、
まだ選択肢が固定されていないだけです。

まとめ

F1を観ていても、
身近に語れる人がいないと感じることはあります。

日本では、F1ファンの絶対数が多いとは言えません。
だから「仲間がいない」と思ってしまうのは、自然なことです。

でも、
誰かと話せていないからといって、
F1を楽しめていないわけではありません。

ひとりで静かにレースを観る時間も、
自分なりに考えながら結果を追うことも、
それはちゃんとしたF1との関わり方です。

もし、誰かと共有したくなったら、
そのときにつながり方を探せばいい。

知っている人と一緒に観てもいいし、
SNSで、名前も顔も知らない誰かと
同じ瞬間を楽しんでもいい。

もちろん、
ひとりで観る時間を大切にし続けてもいい。

F1の楽しみ方は、ひとつではありません。
仲間がいないからといって、
居場所がないわけでもありません。

今の距離感で観るF1も、
十分に、あなたのF1です。


もし、
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